荒城に白百合ありて 感想
あらすじはこうだ。
舞台は、江戸時代末期、幕末の時代。幕府に何が何でも忠誠を誓うことを掟とする会津に生まれた“鏡子”と、尊王攘夷と公武合体に振り回される薩摩の藩士“伊織”の出会いから物語は動き出す。
この作品には、大きく心を揺さぶられた。
全体の印象は、激しくて美しい、だ。
特に、時代の終焉を予期し、次の時代に期待あるいは不安を抱く人々の想い、葛藤が細かく描かれていて、読んでいて飽きなかった。ストーリーは、次へ次へと読み進めさせるような推進力の強い展開だった。読み始めから気になって仕方なかった、“鏡子と伊織の終焉”もこの物語の最後にふさわしく、あっぱれだった。
では細かい感想に入ろう。
この物語のキーワードは以下の三つ、
男女の対比
動と静
終焉
だ。
<男女の対比>
作品を通して印象的だったのが、この男女の対比である。
作中で、女性はかっこよく描かれる。この時代には、おしとやかで政に関心がなく、主人の帰りを静かに待つという姿勢が理想の女性像として当たり前に抱かれていた。この理想像に真正面から対抗していこうとする女達、照姫と竹子はもちろんのこと、理想像にのっとって会津の女性の鑑と称される雪子でさえも、誰かに敷かれたレールではなく、自分の道をして毅然と進んでいるように描かれており、とにかくかっこいい。
対照的に、伊織を始めとした男たちはどこか情けない。尊王攘夷を盲目的に信じドンパチ始めてしまうのがほとんどだし、伊織は男の中でも冷静であるが、鏡子に対してはうまく踏み込むことができない情けなさが目立つ。
私はかっこいい女性、自分の道を切り開き突き進んでいく女性主人公の物語が好きなので、本作も非常に好みだった。一方で、男性がこの作品を読んだとき、どういう印象を抱くのか知りたいなと思った。
<動と静>
上の男女の対比に加えて、表現、描写にも対比が利いていて女性のかっこよさ、感情の動きの激しさを際立たせていた。
具体的には、動と静の対比だ。特に鏡子に関する描写だ。
鏡子の姿を描くときは静側が際立ち、鏡子の気高さ、美しさを表現するのに効果的で、とてもきれいだった。一方で、鏡子の内面の変化は動が際立つ。炎に魅入られる様子や桜が色づいていく描写など、鮮やかで非常に美しく印象的だった。
<終焉>
これは、物語のテーマであると思う。
舞台は江戸時代末期で、200年以上続く一つの時代がついに“終焉”へと向かっていくという大きな流れの中で物語が展開される。
そして、ストーリーの軸でもある鏡子と伊織の関係性の“終焉”はとても切ない。(これは大きなネタバレになるので詳しくは書かない)
しかし、この物語の最後には“始まり”も示される。鏡子と伊織の関係に終焉がもたらされたからこその“始まり”、鏡子の娘、幸子の未来だ。
この終焉をテーマにしながら物語の最後に始まりを示すのは王道であるけれども、物語全体として綺麗にまとまっていて、すっきりと読み終えることができた。
以上でまとめようと思う。
ここまで長い感想を書くのは初めてで、まだまだ拙い文章でうまく書けたとは到底思えないが、書ききることができたことを及第点としたい。
これほど長文を書きたいと思う作品に、これから先出会っていけたらいいなぁと思いつつ。。。